心と体

社会復帰一ヵ月

一、優先順位の1位は自分
一、最初から100点を目指さない
一、少しでも調子の悪いときは、家族の相談に乗らない
一、いざというときの避難場所を用意しておく
(頭の中で避難訓練もしておこう)
一、頓服の抗不安剤は1回何錠、1日何錠まで飲んで良いか聞いておく
(私の薬は1回2錠まで、1日3錠飲んでよいといわれた。知らなくて1錠づつ飲んでいたよ。。。)

仕事復帰(社会復帰)してから一ヵ月たった。

朝は毎日決まった時間に起きて、きちんと朝食をとり、余裕をもって出勤し、無理の無い範囲で、優先順位の高い仕事からテキパキこなし、帰宅したら、ゆっくり休んで、ブログでも書いて、お風呂にもしっかり入り、早めに床に着く。自分の時間が十分にとれる、余裕のある毎日を描いていたのだけれど。。。

現実はそう甘くは無かった。
まず、早寝早起き、規則正しい生活は3日ほどで崩れた。
まさに三日坊主である。

仕事は暇な日と忙しい日が極端で、リズムがつかめなくなってしまった。
忙しくて自分の思うように仕事が進まなかった日は、帰るのも遅くなるし、家に帰ってからも仕事のことで頭が一杯。
ついつい一緒に仕事をしている相方と、酒を飲みながら話し込んでしまって、寝るのが遅くなるし、寝つきが悪くなる。

少人数の会社でほとんど家族経営同然だから、休みなどの融通もきくが、逆に、自分で判断して動かなければならないことが多い。

そこにきて、前述のとおり家族経営な会社だから、家族との接点も増え、耳に入れたくない家族の問題まで、耳に入ってきてしまう。
私のストレスの最大の原因は仕事のボスである父だと思っていたが、止めを刺したのは母のメールだった。しかも長姉の問題の相談メール。
そしてついに「もう限界だわ」とヨロヨロになってしまって、かかりつけの病院に逃げ込んだ。それがちょうど10日前くらい。

病院に行っただけで、落ち着いた。
職場ではいくら休もうと思っても、心が休まらない。
ここではないどこかで、何かあったら誰かが助けてくれる場所。
仕事が一緒の相方と二人暮らしの私には、そんな場所は病院しかなかった。

「調子の悪いときは正直にいって、相談に乗るのをやめなさい」と先生に言われた。
早速、「今日は疲れているからまた今度」と返信した。
簡単なことだった。
そのときは大きな問題が降りかかってきて押しつぶされてしまうとおもったけれども。

たまに母にあうと、相談とも愚痴ともつかぬ話が出てくるけれども、極力、聞き流している。何か聞かれても、自分のことでなければ、「それは電話して聞いたほうが早いよ」とか、「それは分からない」と言う。
一旦、答えてしまうと、どんどんエスカレートして、何でもかんでも聞いてくる。母はそういうタイプの人間だから、気をつけないといけない。親切心で隙を見せてしまうとこちらの身がもたなくなる。

「優先順位の一番はまず自分でしょう?」といった相方は正しい。

まだ生活のリズムは取り戻せていないけれども、再燃は免れたようだ。
先生の言うとおり、5キロ地点まで走っては休み、次は10キロまで走っては休み、次は30キロ地点を目指す。
規則正しい生活や、優先順位をうまくつけることなどはゆっくりやっていけば良い。そして、ダメだと思ったら、迷わず休む。休めなかったら倒れる前に逃げよう。時には逃げることも必要。

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謝れば楽になる

ミスを指摘されるのが嫌だ。
私の怒りのツボがそんなちっちゃいところにあるというのも、我ながら情けない事だと思うが、そのことに気が付いたのは自分にとって大きな前進だった。
ミスを咎められていい気分になる人はいない。でも、私の場合は極端にそれを嫌う。
実際に咎められていない場面でも、暗にとがめられているように感じたときには、相手を攻撃したり、ものすごく落ち込んでしまったり、やる気が失せたりしてしまう。

ミスを指摘されるのが、なぜそれほどまでに嫌なのか。
自分は「出来る人」「いい人」と思われていたい。
完璧でありたい。いや、「完璧な人」と見られたい。
だから失敗は許されない、ありえない。
それは周りから等身大以上に良く見られたいという、ゆがんだ願望なのであって、自分自身の向上心とは違うところにある。

逆に、私のようなタイプの人間は、人から感謝される、褒められる、認められるということに極端な執着を見せ、そうされることによってモチベーションも得られえるが、へたをすると、エスカレートして自分の限界以上に頑張ってしまったり、感謝されたいがゆえにおせっかいをしてしまったりしがちだ。私がうつになったのはそういうところに原因があるのかもしれない。まぁ、そのあたりのことことは今回はおいておいて、話を戻す。

何か言われたとき、何かトラブルが起こったときに、自分に非があっても、無意識に「自分ではなくほかに非がある」と考え、とっさにそれに基づいた行動をとってしまう。そして、なんだか嫌な気分でいっぱいになる。
そんなときにちょっと、落ち着いて、考えてみる。
本当は、自分が悪かったのではないか?
全部ではないとしても、自分にも悪いところがあったのではないか?

少し冷静になってから、自分の悪いところを認めて、素直に謝ってみる。
「ちょっと私の言い方もひどかったと思う。ごめんなさい」
「勘違いしておりました、申し訳ありません。」
それを口にしたときに、すっと心が楽になるのを感じる。
いままで大きな問題だと思っていたことが、たいしたことではなかったことに気がつく。
とっさに怒ってしまったあとでも十分、間に合う。

今までの私は、自分のミスからトラブルが起こるのを恐れるがゆえに、仕事にすごく時間が掛かってしまったり、外出したときに何か忘れ物をしたのではないかとひどく心配になったり、新しいことにチャレンジするのが苦手だったりしていた。

こうして、自分のダメなところもすこしずつ認めていき、多少ミスをしても大事にはならないんだという経験を数踏んでいけば、本当の自信がついてくるのではないかと思う。そして人から良く見られたいという、変なプライドを捨て去ることが出来たとき、初めて成長していけるのではないかと期待している。

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人生相談

10歳ほどしか歳の離れていない姪たちから、人生相談をうけて、自分まで悩んでしまうことがある。

先日も、「仕事やめたい・・・」とメールがあった。
そのメールを発端に、その言葉にいたった経緯を聞いたり、アドバイスしたり、なだめたり、すかしたり、しているうちにメールのやり取りは20往復以上になってしまった。
携帯メールというのは人生相談には向かないとつくづく感じた。
真剣に相談にのり、建設的なアドバイスをしたつもりだが、なかなかマイナス思考から抜けられない相手に、うんざりしている自分もいた。

たいがいの人生相談というものは、こちらがどんなにまっとうな意見をいっても、結局は相手がうごかなければ解決には向かわないものだ。
相談をうけ、話をしただけで、相手が「すっきりと解決した」という気持ちにはならないのが常である。
だからまず、良く話を聞いて悩みの核心を探り出し、その気持ちを肯定したうえで、いくつかの選択肢を提示する。
相手の気持ちをマイナスのところからゼロに持ってくるためには「その気持ちを肯定する」というところが意外に一番重要だったりもする。

結果、翌日には仕事をやめるという方向で事が動いたようだ。

今までの私だったら、「自分がなんとかしてあげなければ」という余計な感情まで出てきてしまい、事が大げさになったり、逆に怨まれたり、変に巻き込まれて、自分の神経をすり減らすことになりかねなかった。
相談はあくまでも、助言にとどめて、深く立ち入らないほうが身のためだと学習したのはつい最近だ。

以前に別の子におなじような仕事の相談をされ、その子の勤める会社の上司に電話でなじられる羽目になってしまったことがある。
あの時はかなりエネルギーを使ってしまった。
どうしてそんなことになったのか詳細はあまり覚えていないが、今考えると、その上司が言っていたことは案外的を得ていたのだと分かる。

家族であっても、自分の問題は自分で解決すべきで、助言はいいが助力は最低限、いや、むしろ、まったくしないほうがお互いのためだ。

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